アート・オブ・スペンディングマネー|モーガン・ハウセル著

本を手に取ったきっかけ・感想 

今回はモーガン・ハウセルさんの著書、「アート・オブ・スペンディングマネー」を紹介します。

この書籍がオススメの人
  • 真に豊かな人生を送りたい人
  • 豊かな人生のためにお金を上手に使いたい人

人生に取り入れたい文脈

本も読むだけではなくて、行動に移さなければ意味がありません。

この記事では個人的に共感した部分、覚えておこうと感じた部分、人生に取り入れてみたいと感じた部分だけを断片的に取り上げています。

必ずしも書籍の内容の全体を俯瞰しているわけではありませんので、詳細は書籍を購入して確認してください。

お金の使い方は「アート」

学校で学ぶファイナンスは美しい公式や論理的な結論があるため「サイエンス」として教えられています。

一方、現実世界における我々のお金の使い方はそうではありません。

本書では、タイトルにもあるように、お金の使い方は、「アート」だと表現しています。

どういうことかというと、自分であれ他人であれ、人の消費行動は合理的に役に立つものや、単に楽しいことだけお金を使うわけではないという事です。

人の消費に関する決定は、それまでの人生での社会的・心理的な経験を反映していることが多いのです。

人生経験は人によって様々なので、ある人にとって理にかなっていることが、別の人にとっては非常識に思えることもあるのです。

なので「真にお金を使う価値があるものとは何か」という問いに、唯一の正しい答えがあると考えるべきではないというのが本書の主張です。

人によって、お金を使うことで満たされる心理的な欲求は異なるのです。

富裕層の家庭で育った人にとっては、ランボルギーニのスポーツカーは自らの豊かさを派手に見せびらかすことの象徴かもしれません。

一方、貧しい家庭で育った人にとって、同じ車は成功の究極の象徴になるかもしれません。

大学の学位を得るために大金を費やすことは、人によって無駄であったり、絶対に必要なものであったり、自らの社会的地位が上がったことの何よりの証である場合があります。

同じものでも、人によってそれが意味するものはまったく違うのです。

最良のお金の使い方

上記のような前提を踏まえた上で本書で最良のお金の使い方として紹介しているのが、お金を、より自由に、自分らしい人生を送るための道具として生かすことです。

自分が何者であるかを定義するためにお金を使うべきではないと述べられています。

自分が何者かを定義するために使うお金とはどういったものでしょうか。

先程も挙げた学費の例で述べると、人によってはむしろ、できる限り高額な学費を払いたいと思っているケースもあります。

その高額な学費は、その人にとって自らの人生の勝利を祝うトロフィーのようなものになるからです。

貧しさのために辛酸を舐めた経験がない人には、理解できない考えかもしれません。

もちろん、見栄を張りたいという気持ちはごく自然なものです。

これは私自身の人生を振り返ってもそうなのですが、特に若い頃は、そうなりがちです。

派手なスポーツカーを所有することに憧れるのも、たいてい若者(特に男性)です。

人生経験が少ない若い頃は、知恵や知性、愛情を通して尊敬を得る能力が、年配の世代に比べて低いです。

そのため、最後に残された選択肢、つまり物質的な豊かさに惹かれてしまうのかもしれないと本書では述べられています。

私だけではなく著者自身も、このことをはっきりと実感してきたといいます。

若く、未熟で、社交性も職能もまったくなかった頃は、「いつかフェラーリのスポーツカーを所有したい」という大きな夢を抱いていたそうです。

しかし、今では、そこそこの価格の車で十分に満足しているそうです。

そして、良き父親、良き夫、良き作家として尊敬や称賛を得ることを目指しているといいます。どれも、著者が20歳の頃にはできなかったことになります。

実用性にお金を使う

良いお金の使い方として、実用性重視のトヨタ車とステータス重視のBMWとの比較が印象的でした。

オプションを豊富に装備したトヨタの上級グレード車は実用性が高いです。

これにお金を使うことはあなたの生活を豊かにすることにつながりますし、あなたは、自分自身のためにこの車を所有していることになります。

一方、 BMWのエントリーグレード車を所有することで得られるのはステータスです。

他人があなたを見る目は変わるかもしれません。

あなたは他人からの注目を集めるために、この車を所有していることになります。

この点を区別しておくことは、お金を使ううえで極めて重要だと本書では述べられています。

なぜならこれは、お金を良い生活を送るための道具として使うのか、それとも他人と自分を比べるための物差しとして使うのかという本質に迫るものだからです。

極端な例では、偽造ワインの味や偽物のハンドバッグの品質が本物と区別がつかなくても、目的が実用性だけなのであれば、気にする必要はないということになります。

しかし、高級ワインやハンドバックを買う目的には、ステータスが絡んでいる場合が多いので、そういうケースは稀です。

幸福は期待と現実のギャップ

本書で述べられていた、幸福とは、期待と現実のギャップにすぎないというのが印象的でした。

富は、足し算で測られがちです。

お金が多ければ多いほど、豊かになるとみなされます。

しかし、豊かさを測るうえで、それは期待と現実のギャップであるということが見落とされがちです。

「期待」と「満足」がどれほど重要かを理解すれば、それが単純な足し算では導けないものであることがわかります。

多くを持っていながらもさらに欲しがる人は、少ししか持っていないが他に何も望まない人よりも貧しい気持ちになります。

すでに持っているものに感謝せず、持っていないものばかりに目を向けていると、何事も満足感を得られなくなります。

幸せにはいつまでも手が届きません。

社会的負債

私のような一般家庭にはまだ馴染みが無いですが、お金持ちを目指すに当たっての注意点として、社会的負債というものがあります。

「金持ちでいるのはとても高くつく」という皮肉なことわざがあるそうです。

これは馬鹿げているようで真実なのです。

なぜ高くつくかと言えば、それは豊かなライフスタイルを送ることに伴う社会的負債の急増に、必死に対処しようとするからである。

人は、資産が増え、使うお金が増えるほど、社会的負債を背負いやすくなります。

ある程度の基本的な支出額を超えると、生活レベルが上がるごとに期待は高まり、社会的な義務や、他人からの評価を気にする機会も増えていきます。

これらは極めて現実的な負債でありながら、軽視されがちです。

もっと大きく、新しい家を買ったら、最初は幸せを感じるかもしれません。

しかし、それは新たな執着を生み、勝ち目のないゲームの始まりにもなります。

新しく、いい家を買うたびに期待が高まり、比較対象となる社会階層も上がっていくからです。

お金のことを考えずに生きていけるようになる

THE WEALTH LADDER 富の階段|ニック・マジューリ 著で著者が「富の階段」から得た最大の教訓は、「十分なお金があれば、人生はお金の影響をほとんど受けなくなる」ということが記載されていました。

THE WEALTH LADDER 富の階段|ニック・マジューリ 著

本書でも人がお金に本当に求めているのは、お金のことを考えずに生きていけるようになることではないだろうかと述べられています。

他の大切な何かに集中できるだけの資産をつくり、あとはお金のことばかり考えるのをやめて生きるのです。

しかし、この最終的な目標は、お金を貯めるという習慣がアイデンティティに深く根付いてしまうと崩れやすくなります。

お金への執着から抜け出せず、人生の成功を銀行口座の残高が増えることと考え、適切な場面ですら、うまくお金を使えなくなるのです。

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