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柳モデル
今回はESGなど数字で見えない企業価値を数値化する柳モデルについて紹介します。
今回の内容は2022年10月20日に放送されたモーニングサテライト(テレビ東京)の特集「ESG大解剖」の内容を要約して書き起こしたものです。
10分ほどの特集でしたので、馴染みがない方でも比較的わかりやすい内容になっています。
柳モデルを提唱したのが元エーザイのCFOである柳良平氏です。
現在は早稲田大学の客員教授でアビームコンサルティングのエグゼクティブアドバイザーを努めています。
エーザイでも引き続きシニアアドバイザーとして活躍しているようです。
柳氏が提唱したESGと企業価値を結びつけるモデルは、ハーバードビジネススクールやブラックロック、パインブリッジなどのESG専門家に引用され、柳モデルとして広まっています。
ポイントは大きく分けて以下の2点になります。
- ESGと企業価値の関係を数値化→「見えない価値」を可視化
- ESGとPBR(株価純資産倍率)の関係を証明
1.ESGと企業価値の関係を数値化
柳モデルはESGと企業価値の関係を数値化して、「見えない価値」を可視化するモデルです。
下の図の純資産(会計上の簿価)は見える価値になります。
財務諸表にも載っていますので、財務資本とも言われます。
純資産を越える市場が認めた市場付加価値は財務諸表に載ってきませんので非財務資本と呼ばれています。
知的資本、製造資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本などがこれに該当し、ESGの価値とも言いかえることができます。
経営者の使命は単なる会計上の簿価だけではなくて、それを越える付加価値を創造することです。
そのため、見えない価値の可視化は経営者のミッションと言っても過言ではありません。
2.ESGとPBR(株価純資産倍率)の関係を証明
2番目のポイントはPBRに注目して、会計上の簿価の何倍の企業価値を創造しているかを考えます。
先程の見える価値として挙げた財務資本がPBR1倍になり、知的資本や人的資本などの見えない価値がPBR1倍超の付加価値になります。
世界の投資家アンケートでは過半数で、ESGの価値の大半をPBRに織り込むべきだと考えられているようです。
PBRは米国の大手企業で約4倍、先進国平均で約2倍、日本企業では約1倍~1.5倍というデータもあるようです。
日本企業の潜在的なESGの価値が顕在化していないということになりますので、これを数値化して可視化していく必要があります。
研究開発費や人件費は経費ではなく投資
柳モデルが注目されている理由の一つとして、世界で初めて1企業のESGと1企業の企業価値の正の相関を証明した点にあります。
この数値化によって、世界のESG投資家の評価が一変しました。
エーザイでケーススタディを行い、非財務資本について重回帰分析を行った結果、柳モデルによって研究開発費や人件費は経費ではなく、投資であるということが証明されました。
研究開発費や人件費を経費ではなく投資として捉えた根拠として、研究開発費は10年超、人件費は5年超の年月を超えて長期的に大きな企業価値を創造する正の相関があることが柳モデルによって証明されました。
ただしこれは相関ですので、因果関係を明らかにするためには、具体的な社内のパイプライン、人材育成プロジェクトなどを説明して、投資家と対話をして因果関係を明らかにすることが重要になります。
企業の社会貢献の数値化
最近、新たにエーザイの社会貢献の数値化を試みた研究結果が発表されました。
以下は、リンパ系フィラリア症(LF)という顧みられない熱帯症の患者さんと、エーザイの現地法人の社員との対話の様子の写真です。
LFは蚊を媒体として感染する病気で、感染すると足が大きく腫れて、動いたり働いたりすることが難しくなる病気です。
新興国では約9億人がそのリスクにさらされているにも関わらず、貧困等の理由から薬が患者さんに届いていなかったという状況があり、顧みられない病気と言われています。
これに対して、エーザイのCEOはWHOと契約をして、治療薬DEC錠を開発し、無償で提供し続けるということを2013年から行っています。
新興国29ヵ国で累計20億錠超(2021年3月末時点)を無償で提供してきました。
これに対して、「この取組は寄付なのか」、「赤字プロジェクトなのか」など短期投資家からの批判もあったようです。
エーザイはこれに対して、社会的なインパクトを創出する長期投資であると当時回答しました。
しかしながら、企業としてはこれを正当化・数値化することがミッションであると考えていました。
そこで、海外に目を向けるとハーバード・ビジネススクールのインパクト加重会計が参考になったとのことです。
これは製品インパクト、雇用インパクト、環境インパクトを数値化して、その社会貢献の価値を売上や利益に加えていくというものです。
柳氏とハーバード・ビジネススクールでインパクト加重会計を立ち上げた一人であるデビット・フリーバーグ氏との共著で、エーザイのLF治療薬の無償提供がどの程度患者さんや社会に影響を及ぼしたのかということを会計数値で表すプロジェクトの結果が開示されました。
調査方法は以下のようなものになっています。
- 対象期間が5年間(2014年~2018年)
- 新興国25ヵ国1億5,000万人に投与※疾病回避や症状改善などの恩恵を受けたのは2,000万人
- 16億錠の無償提供
LF治療薬の無償提供によって患者さんが新興国で取り戻した生涯賃金の総計と削減されたヘルスケアコストを医学論文等から統計確率を出して、精緻にハーバード方式で計算していくと、エーザイのLF治療薬の無償提供によって約7兆円の社会的価値を創出したという結果になりました。
今回は製品インパクトの数値化を実現したものになります。
このインパクト加重会計により世界のESG投資家やインパクト投資家に見えない価値を訴求できたことに大きな意義がありました。